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東京高等裁判所 昭和42年(行ケ)112号 判決 1977年10月11日

原告

奥村文治

被告

ブラザー工業株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1. 当事者の求めた裁判

原告は「特許庁が昭和42年7月19日同庁昭和40年審判第2512号事件についてした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は主文同旨の判決を求めた。

第2. 請求原因

1. 特許庁における手続の経緯

原告は、被告を特許権者とし、名称を「手編機の模様選択装置」とする特許第295736号発明(昭和34年11月27日出願、昭和37年3月15日登録)について、昭和40年5月12日特許無効の審判を請求(特許庁昭和40年審判第2512号事件)したが、昭和42年7月19日、上記請求は成り立たない旨の審決があり、その審決謄本は、同年8月10日に原告に送達された。

2. 本件特許発明の要旨

選択しようとする編針に同時に係合する多数の編針選出部を一定間隔おきに設けた複数個の模様板を備え、その模様板の相対的移動によつて組合わせられる前記編針選出部の配列を変化させ、編針選出部と係合して選択された編針によつて多様の模様を形成するように構成した手編機において、多様の模様記号を択一的に指示するセレクトダイヤルとそのセレクトダイヤルと連動するカムとを手編機本体に装置し、そのカムに接触する接触子と前記模様板とを連結し、セレクトダイヤルと連動する前記カムの運動によつて適宜の模様板を移動させるとともに、その模様板の移動による編針選出部の配列に従つて形成される模様が、前記セレクトダイヤルの指示する模様記号と常に自動的に合致するようにしたことを特徴とする手編機の模様選択装置

3. 審決理由の要点

本件特許発明の要旨は前項のとおりである。請求人(原告)は本件特許発明は、いずれもその出願前に出願された登録実用新案第590080号(昭和33年6月4日出願、同39年9月21日公告―以下「第1引用例」という。)および登録実用新案第546017号(昭和34年5月30日出願、同36年3月13日公告―以下「第2引用例」という。)の考案と同一であるから無効であると主張している。

しかしながら、本件特許発明は各引用例の出願に対して、旧特許法第8条にいわゆる先の出願者が出願した発明と認めることはできないので、たとえ本件特許発明が第1、第2引用例の考案の技術内容と同一であるとしても、これによつて本件特許発明の特許が同条の規定に違反して与えられたものとすることはできない。なお、請求人は本件特許発明が産業上利用できない旨主張するが、その具体的事実については何ら立証しておらないばかりでなく、理論的にも本件特許発明が産業上利用できない発明とは認められない。したがつて、本件特許発明は、特許法施行法第25条第1項の規定により、同法第20条第1項の規定により従前の例によりした特許についての特許法第123条第1項の審判においてはなお効力を有する旧特許法第57条第1項各号の規定のいずれにも該当する理由がなく、無効とすることはできない。

4. 審決取消事由

審決はつぎのとおり判断を誤つており、違法であつて取消されねばならない。

(1)  本件特許発明は第1引用例、第2引用例の各考案と技術内容が同一のものであるから、旧特許法第8条、同第57条第1項第1号により出願を拒絶すべきであつたのに、審決はこれを看過している。旧特許法第8条にいう先後願とは、特許出願と実用新案登録出願との間にも成立する。

同一である理由はつぎのとおりである。すなわち、本件特許発明の構成は、複数個の模様板を使用する旨抽象的な表現をしているが、4枚の模様板として第1引用例および第2引用例のものと同一の模様編を編成しようとしたものであつて、その発明の目的、作用効果を同じくし、同一といわねばならない。仮に6枚または8枚の模様板とした場合、セレクトダイヤルの直径は10センチまたは20センチというように大型化したものを使用しなければならないから実施不能となる。結局、4枚の模様板(柄板)を使用する第1引用例、第2引用例と構成を同じくするといわねばならない。

(2)  本件特許発明は実施不可能であるから発明として成立しないのに、審決はこれを看過している。

すなわち、本件特許発明に使用する手編機は90センチの間に編針200本を植え込んだものであるから、編針や模様板のダボ間隔は4.5ミリ(6ゲージ)である。したがつて本件特許発明のセレクトダイヤル(以下単にダイヤルとする)にとりつけているカム(パターンホイール)の凹面22はその半径を33.5ミリとし、凸面の半径は38ミリとせねばならないので、ダイヤルの半径も旧型テレビのダイヤルよりやや大きい程度のものとし、これを15等分せねばならない反面、ダイヤルをまわす間隔はテレビのダイヤルをまわすのとほぼ同一である(ちなみにテレビのダイヤルは13等分している)。ところで、テレビのダイヤルは13個のスイツチを適当に切換えるだけであるから回転するのにさほどの抵抗はないが、本件特許発明の場合、①長さ90センチ以上のホールダー9、および同じ長さの模様板31-34の摩擦抵抗、②模様板の摺動孔39-42、③クランクバネ56・4個とクランク52-55、④模様板のバネ43-46⑤レバー24-27、および⑥カム17-20等多数の抵抗が加わるので、模様板1板だけを動かすのにテレビのダイヤルをまわす6倍以上の抵抗力がかかり、模様板2枚または3枚あるいは4枚を動かす場合、テレビのダイヤルをまわす抵抗力の6倍以上25倍の抵抗力がかかることが明らかである。したがつて、ダイヤルを15分の1づつまわしただけで模様板1枚ないし4枚を同時に押上げようとする本件特許発明の構成は到底実用に耐えない空想的発明である。

第3. 被告の答弁

請求原因1.2.3.項の事実は認めるが、4.項は争う。審決に判断の誤りはなく、何ら違法のかどはない。

(1) 原告の主張(1)について

本件特許発明は第1、第2引用例とは同一でない。本件特許発明は、第1、第2引用例と複数個の模様板による編針の選別を行う点では同一であるけれども、セレクトダイヤルとカムと接触子との組合せによつて選別を行う点に新規性・進歩性があり、この構成は第1、第2引用例には欠けており、技術的に同一とは到底いえない。

また、仮に技術的に同一であつても、旧特許法上、実用新案の各引用例との間に先後願関係の成立する余地はない。

(2) 原告の主張(2)について

原告の主張は、独自の仮定に基づくものであつて、到底実施不可能の理由とはなりえない。

すなわち、本件特許発明における模様板31-34の編針選出部35-38の間隔やカム17-20の凹面22、凸面21の各半径、セレクトダイヤル16の半径等の寸法を独自に特定しているが、これらの寸法条件で構成しなければならない具体的理由は述べられておらず、全く根拠がない。また、模様板31-34を1枚だけ動かすのにテレビのダイヤルをまわす6倍以上の抵抗力がかかり、模様板31-34を2枚または3枚もしくは4枚動かす場合にテレビのダイヤルをまわす抵抗力の6倍以上25倍の抵抗力がかかる具体的、理論的根拠もない。さらに、セレクトダイヤル16を15分の1づつまわして模様1枚ないし4枚を同時に押し上げることが実用にならない根拠、セレクトダイヤルの直径が大型化して実施不可能となる根拠は何もない。

第4. 証拠

原告は、甲第1号証から第11号証までを提出した。

被告は、上記甲号各証の成立を認めると述べた。

理由

1. 請求原因1.2.3.項の事実については当事者間に争いがない。

2. そこで審決取消事由の有無について判断する。

(1)  原告の主張(1)について

旧特許法第8条は、発明の先後願について「同一発明ニ付テハ最先ノ出願者ニ限リ特許ス。但シ同日各別ノ出願者アルトキハ出願者ノ協議ニ依リ特許シ協議調ハサルトキハ共ニ特許セス。」と規定するのみであつて、発明と実用新案との先後願関係については旧特許法は直接規定するところがない。

ところで、原告は、旧特許法第8条にいう先後願は特許出願と実用新案登録出願との間にも成立つ旨主張する。しかしながら、旧特許法第57条第1項1号が先後願に関する特許無効事由を第8条の規定に違反して与えられたときと明記していること、また、同法第35条第3項には「特許権カ其ノ出願ノ日前ノ出願ニ係ル実用新案権ト牴触スル場合又ハ特許発明カ其ノ出願ノ日前ノ出願ニ係ル登録実用新案ヲ利用スルモノナル場合ニ於テハ特許権者ハ実用新案権者ノ実施許諾アルニ非サレハ其ノ特許発明ヲ実施スルコトヲ得ス」と規定され、特許権が実用新案権と牴触する場合を規定していること、これに対し現行法では新たに第39条3項、4項および第123条第1項第1号により特許出願の発明と実用新案登録出願との間の先後願関係の規定を設け、旧特許法第35条第3項のような牴触の規定を廃していることからすれば、旧特許法においては特許権と実用新案権との並存を許し、両者間に先後願関係を認めなかつたものと解するを相当とする。したがつて、たとえ本件特許発明が、引用例の考案の技術内容と同一であるとしても、これによつて旧特許法第8条の規定に違反して与えられたものとすることができない。

なお、原告は、本件特許発明は第1引用例、第2引用例の各考案と技術内容が同一である旨主張するので、この点についても検討してみることとする。

成立に争いのない甲第1号証、同第2号証、同第3号証によれば、つぎのとおり認められる。本件特許発明と第1、第2引用例とは複数個の模様板によつて編針の選別を行う点においては格別の差異はない。しかしながら、本件発明の構成要件についてみると、その発明の明細書に「セレクトダイヤルの操作によつてカムおよび接触子を介して適宜の模様板を移動して編針選出部の多様な配列的組合わせを生じさせるようにしている」とする作用効果の記載、特許請求の範囲の「多様の模様記号を択一的に指示するセレクトダイヤルとそのセレクトダイヤルと連動するカムを手編機本体に装置し、そのカムに接触する接触子と前記模様板とを連結し、セレクトダイヤルと連動する前記カムの運動によつて適宜の模様板を移動させると共にその模様板の移動による編針選出部の配列に従つて形成される模様が、前記セレクトダイヤルの指示する模様記号と常に自動的に合致するようにした」構成との対応からみて、「セレクトダイヤルと、そのセレクトダイヤルと連動するカムおよびそのカムに接触する接触子」は本件特許発明の必須の構成要件の一部と認められる。しかるに第1、第2引用例にはこの構成要件を欠いているので、同一の技術内容とは到底認められない。

したがつて、この点に関する原告の主張は採用できない。

(2)  原告の主張(2)について

原告は、本件特許発明のセレクトダイヤルをまわすのに非常に大きい力を必要とし、たとえばテレビのダイヤルを回す抵抗力の6倍以上25倍の抵抗力がかかる旨主張するが、前示甲第3号証によれば、原告の主張の前提とする各部品の寸法の特定も恣意なものであつて本件特許発明から必然的に導かれるものとは到底認められないので、にわかに採用できないところであるし、たとえそれだけの抵抗力がかかるとしても実施に当つてそれに対応する手段をとれば実施が不可能とは認められない。また原告はセレクトダイヤルの直径を大型化すると実施不可能であるともいうが、セレクトダイヤルを大型化することは実用上あまり好ましいことではないかも知れないが、実施不可能の根拠とは考えられない。いずれにしてもこの点に関する原告の主張は、いずれも具体的、理論的根拠を欠き、到底採用することができない。

3. そうすると、原告の本訴請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担については、行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条を適用して、主文のとおり判決する。

(杉本良吉 舟本信光 石井彦壽)

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